【皐 月】 〇満月 :5月 7日22時53分 (旧4/14)

『白い鳥と十四夜』

・・・愛媛県宇和島市からのエッセーです。


 宇和島の夜は早く更けていく。海に繋がれた船底がぎぃー、ぎぃー、音を立てる。

潮が騒がしく、音を紡ぎ併せる。港に並ぶ船等をもってして。

 穂積橋のそばにある郷土料理の店は活気に溢れていた。大衆割烹と書かれた行灯は温かみを帯び佇む。まるで「内子の和蝋燭」を思わせる炎の灯りのように。ゆらゆらと。

灰色に煙っていた空から一粒大の冷たい雫が頬に当たる。雨と呼べるほど降っては来ない。・・・早めに食事を済ませるのが無難、と門をくぐる。

カウンターに腰掛け、目前に並べてある大皿に目を通す。みたこともないグロテスクな貝が目に付く。まるでゴジラの爪のようなものである。店の人に聞くと「ああ、それはセイ貝や・・・」という。一体どんな形で岩にへばりついているのか、どのように「動く」のか、想像もつかない。最初に食べた人は勇気がいったであろう。様々な思いが頭をよぎる。出逢った瞬間にこれほど多くのことを思わせる「食材」に今まで出逢ったことはない。

やつは目がついているようにこちらを伺う。暫く互いににらめあって、いざ挑む。

腕のようなところからまず取り掛かる。象の皮膚のような、ライチの皮のような堅い殻を取り除く。そして、爪の部分から黒い肝のようなものを取り除き、口へと運ぶ。色や形は違うが桜貝をやわらかくしたようなものである。剥いてしまえばもう恐くはない。一気にやっつける。

・・・おいしい。なんともいえない甘い潮の風味が広がる。「見た目」で判断してはいけないことを改めて思う。

店のテレビは中日とどこかの野球中継だった。どちらが勝ったか、負けたのか、客がちょろちょろ気にして観に来る。

「今、何点?」店の人に聞く。

「・・・さあ、何点でしょう?今、何点?」

まるでリレーのように言葉が行き交う。職人は見えるところだけで5人はいる。「お姉さん」も4,5人はいるだろう。仕事に熱中している彼らに本来「野球」は関心ない。

結局判らなかった。客は咥えタバコをカウンターの灰皿に押付け、席へと戻っていく。

調理見習風の男がオクターブ高めの声で「ありがとうございましたあ・・・」と叫ぶ。

誰に言っているのか判らない。とにかく「声」が店中飛び回る。「活気」のあるということは「声」次第らしい。

仕上げにさつま汁と鯛めしでお腹を満たし、散歩でもしようか、と面に出た。

「雨」は上がったようである。よかった。

ぶらぶら街を歩く。過日真珠湾で沈んだ「宇和島水産」のそばを通り過ぎる。なぜか、腕にひやっと水が触れた。体中が凍りついたようにぞくっとした。

一体、なにか、はわからない。城山には白い小さな花をつけた木々が生ぬるい風を受け、

不気味にざわめく。「人」の気ではない、あきらかにそうしたものを感じた。

ここの土地のエネルギーは人の気配を飲み込んでしまう、そう思った。

 空に真っ白な鳥が弧を描いて飛んでいる。どこにいこうというのか?闇夜は鳥目ではないのか?長い長い時間「弧を描く」。小さく、大きく。円を描き、楕円を描き・・・。

鳥であることを忘れさせ、夜であることも忘れさせ、奇妙な白い物体は優雅に宇宙に「弧を描く」。とても優雅に。美しく。鳥はやがて「そら」の中へ消えていった。すると空気の流れが変わったのか、厚い雲が次第に流れ始め、時折月の明るみが四方八方に光を反射させた。

穂積橋から流れる川を眺める。身体の芯まで音が透る。他にはなんの音も聞こえない。・・・

先ほどの店の喧騒も今となっては昔、といった風情である。

時間と空間とは一体であることを感じる。そこには何もなく、すべてがある。

ある、という認識さえ、夢なのかもしれない。「ひとえに風の中の塵の如し」である。

色即是空空即是色。受想行識亦復如是・・・。

宇和島の夜は静かに、静かに更けていく。すべての音を飲み込んで。

(by R)