(2)

 やがて、チャイムが鳴る。

「あっ・・・」という河見の声。
「ごめんなさい。主人が戻ってきた。・・・でも、ちょっと待ってて・・・」
旦那?って?それはいるにはいるだろうけど。

「お邪魔します。」

 50を超えた細めの神経質そうな男性の跡に二人の細めの目の鋭い男性が二人、入ってきた。わたしとは違う部屋に通されたが、雰囲気はつかみ取れた。
なにやら難しい話をしている。少しやばめな感じだった。
神経質そうな男が河見の夫・・・らしかった。

 用の続きはまたがいいと察し、
「出直してくるわ・・・」と河見にいった。すると、
「そうね。ゆっくり話せる状態ではないわね。」

 漏れ聞こえる話によると河見の夫はK大学の経済学部の教授で他にも様々なビジネスをしているらしい。二人の男は彼の側近であり、ボディガードでもあったようだ。
政治的な制裁を如何に政治家たちに加えていくのか・・・、というような話をしている。
そんなに偉い人なのか。とにかく、長居できるような状況ではない。
「じゃあ、また連絡します。」
「今日はごめんなさい」
彼女の顔色の悪さは彼らのせいかもしれない。

 自転車で事務所に戻る途中、大きな森に目が行った。ざわめいている。
なにがあるのか好奇心に駆られ、行ってみることにした。
3時を上回ったばかりだ。打合せには時間がある。
森の中にはオレンジ色の灯りが揺らめいている。そして、子供たちの声・・・。
神社のような学校・・・。

                    ★ ★ ★

 「ね、代々木上原の方にね、神社みたいな学校があるの、知ってる?」
私は出版社の友人の安堂に聞いてみた。
「ああ、最近テレビで噂になっている学校だろう?」

 テレビで噂になっている学校。
安堂の話によると「最近女の子が数人、『神隠し』にあったという事件」で噂になっている、という。「女の子はいずれもみな無事に戻ってきている」らしいが不思議な事件である。
「事件」は解決する間もなくいまだに続き、自分の子が「戻らない」神隠しに逢うかもしれないという不安で父兄の多くは子供を学校に通わせるのを躊躇っている。

「あの学校があの学校なのか・・・」
ふと漏らした言葉に
「そう。その学校がその学校だ。多分」
メキシカンチップスを口に運びながら、彼は応えた。
私の頭の中で二つの学校は一致していなかった。
何しろ、フリーライターの安堂のようにそうそうワイドショーなど見ていない。
彼はちょっと特殊で情報のキャッチの仕方が女性っぽい。
逆にわたしはテレビの三面記事情報など好きな方ではなかった。

 しかし、こうした印象深い事件は新聞や耳から入る情報だけでは一致しない。
「へ?知らなかったんだ。でもさあ、ここ一週間くらいの話だからなあ。」
安堂の映像で入ってくる情報力は著しく多い。
「噂って怖いよ。もう、随分昔からの話みたいに語られてるし、確か本当にいなくなったのはたった二人なのに、何人もいなくなった、って話になっちゃうんだからさあ。」
新聞にはそういった情報は語られていない。
「そうなんだ。二人か。」
「それもはっきりしない話なんだけどね・・・もしかして、知らないの?」
全く、これだから、という顔をして安堂は
「その二人のうちの一人って、河見さんの子供らしいけど、隠し子だからね。
それに旦那がなにか力がある人みたいでその辺マスコミもかなり気を遣っているらしいよ。知り合いじゃなかったっけ?」

 私が彼女の家に行ったのが一週間前である。そのとき、子供が帰ってくるから、とか言ってたのを思い出した。少なくともあの時点ではなにも起きていなかった。
「ね、私丁度一週間前に彼女の家に行ってたんだけど、まだ事件らしきものはおきてなかったよ。事件って、いつ起きたの?」
「え?それいつ行ったの?事件は確か、木曜日。今日が火曜日だろう・・・。
間違いないよ!木曜日。えーと、何日だったっけ?」

 私は唖然とした。彼女の青ざめた表情。あれは何かを知っていた?
彼女は確かに勘がいい。よく予知夢を観るとも言っていた。でもマサカ・・・。
「11月22日、でしょう?翌日は勤労感謝の日でお休み。三連休で休みが続いたから情報が上手く流れなかったんだと思う。・・・私が彼女の家に行った日に間違いない。」
そう、三連休でその前に彼女に聞きたかったことがあって私は連絡をした。
聞きたかったことは「稲荷信仰」のこと。地方の「稲荷信仰」の記事を取り上げる前に
折角だから、翌日どこかの神社の新嘗祭でもいかないかと誘うつもりもあった。

「で、なにしにいったの?」
「あ、・・・新嘗祭の話をしに・・・。でも出来なかったの。ご主人が戻ってきていて。」
なぜ、ご主人はあの時間に。でも、政治の話しかしていなかった。
彼女は取材で家を空けることも多い。あの日はとにかく子供たちを待っていた。
「予感」があったのだろうか。

                    ★ ★ ★

 

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