(3)
「ねえねえ、どういうこと?今から出てこれない?」

「今何時だと思ってるんですか?」
「あなた編集者でしょ?これぐらい平気よ。」
「・・・平気ってねえ。明日でもいいじゃないですか?」
「明日じゃ、だめ。気が納まらないの。」
「・・・それって、なんですか?」
「あなたが今送ってくれたFAXのことよ。」
「はあ?FAXなんて送ってませんよ。」
「なに分かんないこと、言ってるの?ここにあるわよ。」
「じゃあ、行きますよ。はいはい。」

*

A君は意外に早く家に来てくれた。
「なんですか、これ?
 覚えないけど、俺の字だ。確かにうちのFAXから送っている・・・」
「え?本当に覚えてないの?今日午後話したじゃない?」
A君は本当に忘れているらしい。
奇妙だ。みんなこの事件のことは忘れている、ようだ。
警察にも届けが出ていない。ただの噂で片付けられている。
でも、「比奈子」はいなくなった。いなくなったのではないか?
もしかして、これも・・・。

「ねえ、河見さんの娘さんがいなくなった、って知ってる?」
「知らないですよ。だって、河見さんって、不破さんのほうが親しいじゃないですか。」
「で、この、あなたがくれたことになっているFAXに書かれている『大原きり子』って
河見さんの本名なのよ。」
A君はようやく目覚めたように、
「えー!本当?よくわかんないけど、不破さんの話どおりなら、
親子二代で『神隠し』すねえ。どういう因縁っすかねえ?」
A君はなんでなにも覚えてないのに、私が覚えてるのよ、全く。
「明けたら、もう一度付き合ってくれる?あの学校。」
「寒いからなあ。車だしてくれるならいいですよ。」
「いいわよ。でも、車で行っても、結局歩くことになるから、ね。」
はいはい。
「じゃあ、行きましょうか?」
「え?今から?」
「そう。あなたのとこによって、暖かい用意して、行ったら、
もう6時過ぎよ。」

*

 和光学園についた。鳥居の向こうの学校の入り口は閉まっていた。
とりあえず、いけるところまでいこうと私はA君と入っていく。
狐はなにやらピカピカに磨かれている。最初にみたときより、なにかおどろおどろしさが消えていた。
「朝だからかなあ。まだ暗いのに、なんだか、夕方来たときより明るく感じる。」
「ここですかあ・・・。聞きしにまさるお化け屋敷、ですな。」
「そんなこといってたら連れてかれるわよ。」
A君は首を引っ込めて、いや、それは、という素振りをした。
始業まで2時間はある。
誰かいないかと辺りを見回した。すると、用務員さんのような人がいる。
一生懸命掃除をしている。
今どき、きれい好きな人もいるものだなあ、と思いながら、
呼び止めた。

「あのお、すみません。」
箒で掃く手を休めて、目をそばめこちらをみる。
「あの、ちょっと聞きたいことが」
「はあ。なんですか?」
「大原キリ・・・じゃなかった、大原比奈子さんのことで。」
そういうと、その初老は少し寂しそうな顔をして、
「まだ、みつからないんですわ。」といった。
「やはり、いなくなったんですね。」
夢ではない。A君も「記憶」が戻ったらしく、
「新聞記事とか、なにもないんです。
いなくなったのは確か、だと思っていたのに・・・」

初老はうつむいて、
「あのときと一緒ですわ。だから、みんな忘れてしまう。
私はどうして忘れることができないのか、不思議で。
みんな忘れてしまうのに・・・」

*

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