(2)
小島はふと21年前を振り返って、きり子は今頃どうしているのか、などとぼんやりもの思いに耽りながら、学長室の鍵を開けた。
社殿は学校になってしまったが、学長室には大きな神棚がある。
大原氏が3年前に亡くなってから、ここがきちんと祀られることもなくなった。
前の学長も理事長が亡くなるとほぼ同時に亡くなられた。今は小島以外あの事件のことを知っているものがいない。
学長室には一人の女性が立っていた。誰も入れるはずがない。

「誰だ!」
思わず大声をあげた。
ほお、と神棚の蝋燭が灯った。
「きり子、です」
「は。」
なにか安心感が込み上げてくる。
「お嬢様でしたか。でも、なぜ?」
神棚に向かって、後ろを向いたまま、動こうともしない。


「なぜ、ちゃんとお祀りをしなかったのですか?
約束してしまったのに。今なら、まだ間にあいます。
うちの子を連れて行かれないうちに・・・」
小島は電話の声の主と察した。
「お嬢様のお子様でしたか・・・」
それで。小島は納得しながら、
「すみません。今の学長はこうしたマツリゴトを嫌うもので。」
その応えにきり子はムッとした声でこう呟いた。

「あなたは誰のおかげで・・・ココマデ生キテコラレタノ?」

途中から声色が変わったように思えた。
「アナタガイッタカラ、コドモヲ返シタノニ・・・」
やはり、先ほどのきり子の声と違う。
そして、蝋燭の火がふっと消えた。
あたりには誰もいない。
「私は夢でもみていたのか。」
まだ夜明け前である。蝋燭の煙が懐中電灯の光に映し出される。
夢ではない。

小島は一度当直室に戻り、バケツに井戸水を汲んだ。かつての湧き水がまだ残されていた。
水を湛えたバケツに新品の雑巾が揺らめいている。
小島は寒々とした明け方の水に手を浸して、「さあって、」と意気込んだ。
水は思ったより冷たく身が引き締まる。
再び学長室の鍵を開ける。開き戸を開けると神棚の灯明が赤々と点されている。
神棚はきれいに掃除され、様々な供物で彩られていた。
「お嬢様、だったのだろうか?・・・不思議なこともあるものだ。」と踵を返し、
バケツを抱えたまま、校門まで出た。
「さあて、お狐さまと鳥居をきれいにしますか。」

*

 A君と別れたあと、私は再び「和光学園」の周りをうろついてみた。
妙なことに「事件」が起きた学校とは思えない。
警察の影もなければ、「不安」を抱えている「父兄」の意識すら感じさせない。
「いったい、なんなんだ?」
友人のオフィスで数日前の新聞を探る。全くそれらしい記事がみつからない。
A君はなにを思って私にこの話をしたのだろう。「事件」が本当にあったのかさえ疑わしい。
A君に連絡をとろうと携帯を鳴らしたが捕まらない。
「とりあえず、帰ろう・・・」
ふと、歩き出そうとした私の視界に奇妙なものが飛び込んできた。

それは学校の中を歩き回る男の子と女の子の姿だった。
なぜ、奇妙と思ったのかよく覚えていない。
ただ、あとで考えるとここは「女子小学校」ということだった。
でも、それだけではなかったような気がする。ほんのわずかのことだった。

27日の夜中の3時を上回った頃、A君からFAXが流れてきた。

「不破さま
遅くなって申し訳ございません。
本件の記事がなぜか見当たらなかったため、
21年前の「神隠し事件」の顛末をお送りします。
・・・昭和5x年11月22日、明け方一年前の同じ日より行方不明となっていた、
和光学園理事長大原作蔵氏のお孫さんで大原きり子さん(11歳)が都内渋谷区稲荷山にて見つかる。本人には一年間の記憶が全くないという。」

「なにこれ、大原きり子って、河見さんの本名じゃない!
親子二代に渡って神隠し?どういうこと・・・しかも理事長の孫!」
時間も忘れて、A君に電話した。

*

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